元気になれる料理や服を見つけることがポイント


先日、近所のTSUTAYAが閉店してしまいました。
「20年間ありがとうございました」
という貼り紙をガラス戸に残して。
オープン当時はCDやDVDをレンタルするために、毎週のように行っていました。
映画館に行くまでもないけれど観たい映画や、
観たかったけれど見逃していた過去の映画、
買うほどではないけれど聴きたいアルバム、
そんなものをどれだけ借りたでしょう。
母や、当時、小学校低学年だった娘は、
欲しいものを店のリクエストカードに書いて出したりするほどの
ヘビーユーザーでした。
そのうち、you-tubeが生まれ、
100円単位で音源をダウンロードできる音楽配信サービスが生まれ、
月額1000円以下で映画やドラマが見放題の動画配信サービスが生まれ、
時代は、「ちょっと聴きたい、観たい」という、「ちょっと」くらいの欲求を、
TSUTAYA以外で満たせるようになりました。
考えてみたら、ここ10年くらい、TSUTAYAにDVDやCDを借りに行くことも
なくなっていたと気づきました。
最後に借りたのは、インタビューするための、とあるミュージシャン&俳優さんの
CDだったなあと懐かしく思い出しました。
閉店前に偶然行ったときは、小売用のCDやDVDコーナーがなくなっていて、
コミックが並んでいたので、それはそれで時代が変わったと思っていたのですが、
ついに閉店してしまうとは。
一方、都心のSCなどに入っているTSUTAYA ✕ スターバックスの
ブックカフェはいつも満員で空いている席を探すのが大変なほど。
うちの近所のTSUTAYAも大きいので、ブックカフェに模様替えしてくれる日を
心待ちにいていたのですが、おしゃれな街ではないので無理な話でした。
ともあれ、長年親しんできた店がなくなるのは、
過去の優しい記憶が遠のいて行くようで寂しい気持ちになります。
母も、小学生の娘も今はもういません。
母は2年前に亡くなり、娘は20代の大人になってしまいました。
同系列の店舗が少し形を変えて大繁盛しているのになあ、と思うと、
残念感もひとしお。

TSUTAYAや個人経営の書店などが閉店するのは、
音源や動画の配信サービスやネット通販の影響が大きいし、
それは仕方がないのかと思うのですが、
その一方、最近よく聞くのは、
ポリシーのある個人経営の喫茶店やレストランはつぶれないという話。
いくら近所にチェーン店の喫茶店やレストランができても、
長年、近隣の住民の舌や胃袋をつかんできた味は、取替がきかないので、ということ。
やっぱりファミレスと老舗キッチンでは、ハンバーグひとつとっても
全然味が違います。
4年ほど前に、偶然入ったイタリアンレストランで、
隣に座っていた老婦人のお客さんが帰り際、オーナーシェフのおじさんに
「じゃあ、また今度、いつ来れるかわからないけど、
マスター、がっばっててよね。絶対また来るから。
ここに来てこれ食べるのを長生きの目標にしてるんだから」と。
話の内容では、昔、この近所に住んでいて、しょっちゅう来ていたものの、
遠方の地方に引っ越して以来、なかなか来れなくなってしまったらしい。
それでも東京にくるたび、想い出の味を求めてやってくる。
もちろん、記憶の味は美化されるとはいえ、
それでも久しぶりに食べてみて、もし変わってしまっていたら、
もうそれでおしまい。
いくらそれまでおいしくても、一度ダメだったら、人はすぐに離れてしまう。
そしてもう戻ってこない。
それは、「予約の取れない店」のオーナーシェフの方々が異口同音に口にする言葉です。
それくらい、おいしいお店とお客さんとの関係は、
真剣勝負、一期一会、の間柄といえます。
やっぱり、チェーン店のマニュアルが作り上げる味ではなく、
オーナーシェフが生み出した、その人だけが作る味という強みなんですね。

最近、新しいカフェに行くと、コースターやレシートに
「Thank You!」とか「Have a nice Tea」とか手書きで書いてあったりします。
ハートやスマイルマークのイラストが添えられていたり。
これも、人と人とのふれあいを大事にしようという作戦なでしょう。

そういえば、日本を代表する総合商社のテレビコマーシャルの宣伝コピーが、
「一人の商人」という。
巨大な商社を矮小化して「個人のつながり」をアピールしています。
大手流通グループや大手飲食店チェーンが経営する店舗ばかりが林立し、
個人商店が激減している昨今。
こんな時代だからこそ個人のチカラが試されているのでしょうし、
誠実で情熱的かつ魅力的な個人商店は、時代の荒波にも負けず、
海を渡って行けるのかも知れません。

最近はテレビのようなマスメディアにあまり人気がなくて、
you-tubeやニコニコ動画のようなものをワカモノたちは支持しています。
それも、半ば素人っぽいヒトが芸を見せたり解説していたり。
有名人もいれば、近所のスーパーや家電量販店のお兄さんもいます。
そうしたヒトたちが語りかけてくる世界は、
ちょっとマンツーマンであるような錯覚を持たせてくれます。
テレビに出てくるアイドルではなく、自分たちしか知らない地下アイドルに
夢中になる人たちや、あまりorほとんど知られていない役者さんたちが
登場する芝居やミュージカルの舞台に通い詰める人たち。
巨大組織化されてマニュアル化されたものでなく、
みんなヒト肌を求めてしまう時代なのかも知れません。
マニュアル化されたものはどこでもいつでも誰でも手に入れられる。
でも、個人のヒト肌は、そのときそこにいるヒトでないと触れることはできない。
それはかなりスリリングで特権的と思わせてくれる体験なのだと思います。
固定客のいるレストランや舞台に、遠方からでもヒトが通うのは、
そこでしか味わえない料理や世界観があるから。
作り手のエネルギーを味わいたくてヒトは通い、
作り手のほうも顧客からエネルギーをもらう。
理想的な循環によって互いに前に進んでいけるのかも。

写真はうちから電車で15分くらいのところにある
チェコ料理店のメニューです。
ビーツのミックスサラダとカマンベールチーズのマリネ。
これがめちゃくちゃウマイ!
メインディッシュのプレートも取り皿もこじんまりしていて、
トレンド最先端のレストランのような、広大な皿に前菜やメインがちんまり、
という感じでないところも家庭的で好感持てます。
ここにしかない味が恋しくなって、気持ちが疲れると行きたくなります。
そういう味と、そういう音楽と、そういう服に出会えれば、
多少気持ちが折れそうになっても、前に進んで行ける気がします。
もちろん、その3つのワードは、ヒトそれそれちがいましょうけれど、
ほかにはないと思えるものを自分で見つけて味わって元気になれるヒトは、
とても幸運だと思うのです。