最近、「くまのプーさん」の実写版映画を見ました。
実写版と言ってもプーさんはCGですが、本物のぬいぐるみにそっくり。
古いテディベアらしく毛並みもボソボソしていて、全体に汚れも目立ちます。
そんな古いぬいぐるみが動き回りしゃべる様子がCGで表現されていて、
そのリアルさにもびっくり。
スター・ウォーズのようなSF映画で、宇宙船や、そのバトルなど、
スケールの大きなもののCGにはすでに何度も驚かされてきましたが、
ぬいぐるみのような小さくて身近なもののリアルさは
別の驚きをもたらしてくれます。
くまのプーとかつて親友だった少年、クリストファー・ロビン役は、
ユアン・マクレガーです。
1999年に『スター・ウォーズ』新三部作でオビ=ワン・ケノービを演じて以来
世界的なビッグネームにって、今やハリウッドスターの一人といった印象ですが、
もともとはスコットランド出身でイギリスの俳優。
1996年の英国映画『トレイン・スポッティング』での、
スキンヘッドのジャンキー青年が懐かしく思い出されます。
映画は、少年クリストファー・ロビンがプーたちと遊んでいた森を離れて寄宿舎に入り、
長い年月が経ったところからはじまります。
クリストファーはシティと呼ばれるロンドンのオフィス街にある、
高級旅行カバンメーカーの社員であり、営業所らしき部署を仕切る中間管理職。
業績不振から上司に経費削減やリストラなどの合理化を求められ、週末の休み返上で
計画書を作成して週明けの会議で提案しろ、でなきゃこの部署はつぶすと迫られます。
週末は妻子を田舎の別荘に連れて行く約束をしていました。
ああ、どうしたらいいんだと公園のベンチに座って頭を抱え込んでいるとき、
プーと再会し、そこから何度も危機がおとずれ、間一髪で逃れてを繰り返し、
すべて丸くおさまって終わるというディズニーらしい、
ハラハラ・ドキドキ・ちょいちょい泣けて・やがてほっと心温まるストーリーが
スピーディーに展開します。
「プー、僕はもう昔の僕じゃないんだ、僕には大事なことがあるんだ」
というクリストファーにプーは「それは風船より大事なの?」とちっちゃい目で見つめます。
そりゃあ風船も大事だけど、それには働かなくちゃね、と、
毒づきたくなるシーンも多々ありますが。
最後は、発想の転換で会社の企画方針を180度変える画期的なアイデアを思いつき、
社長の賛同を得るクリストファー・ロビン。
この映画の本当のテーマは「発想の転換」ではなかったかと思いました。
そして、この映画の注目すべき点は、クリストファー・ロビンのファッションです。
第二次世界大戦が終わって数年後の物語なので、1950年代初期でしょうか?
忙しいビジネスマンであるクリストファー。
通勤スタイルには英国でトリルバイと呼ばれるフェルトの中折れ帽が必須アイテムです。
ステンカラーのダークグレーのコートに、ダボッとしてウエストをしぼった、
1940年代調のスリーピースのスーツ。
ピークドラペルやノッチドラペルで、やたら襟が大きめのタイプです。
ロングポイント気味のドレスシャツは無地のサックスブルーやロンドンストライプ、
細かいマルチストライプ。
タイは無地や細かい織柄で地味系です。
通勤日はベスト着用ですが、休みの日はダークレッドの手編み風ニットベストを着用。
英国紳士といえば、のニットスタイルです。
ここで思い出すのが、「How To Be An Alien(いかにして外国人になるか?」という本の一説。
50年も前に書かれた本で、英国に移住したハンガリー人エッセイスト、George Mikesが、
英国人やその文化を鋭くおもしろい視線で観察して紹介しているものです。
「ヨーロッパ大陸では人生はゲームだと考えられている。
イギリスでは、サッカーがゲームだと考えられている」とか、
「ヨーロッパ大陸では、人々はいい食事をしているが、
イギリスでは、人々はいいテーブルマナーをしている」
という調子で、皮肉さとおもしろさで英国では半世紀も読みつがれています。
その中で「大陸では日曜というと、誰もが華やかにおしゃれして、
国中が沸き立つけれど、英国ではどんな富裕層でも一番ボロい服を着て、
国中が沈み込む」とあります。
それが真実かどうかは別として、多忙なサラリーマンのニットベストに
休みの日のリラックス感が現れていました。
そして、クリストファー・ロビンのビジネスマンスタイルの仕上げは、
英国名物ともいえる雨傘。彼は革製の通勤カバンに、しっかり装着しています。
かたや日本のサラリーマンの典型スタイルとして、
印象的だったのが日本映画の「終わった人」です。
最近、第42回モントリオール世界映画祭で、主演の舘ひろしが
最優秀男優賞を受賞して話題になりました。
この映画は、仕事一筋だった男が、定年退職後、趣味もなく夢もなく、
そして家庭に居場所もないという嘆きの日々からはじまります。
妻に旅行しようと誘っても妻はパートで忙しく、
そんな暇ないわよとことわられてしまう。
そんな田代壮介の最後の出勤日のスタイルは、
中年太り気味のたるんだボディにブカっとしたスーツ。
ワイドなノッチドラペルで、チェンジポケット付き。
ドレスシャツは濃淡の差があまりないストライプで、
タイはスーツと同系色の小紋模様という無難なスタイルです。
銀行で出世コースに乗れず、子会社に出向したまま定年退職を迎えた
男性の定年の日の装いらしく、よく見ると生地は高級そうですが、
趣味もなく仕事に没頭してきたというライフスタイルが、
ボディラインやスーツのチョイスに現れていて絶妙です。
演じるのがダンディでならしている舘ひろしだから、これだけでウケます。
そして壮介の定年退職直後の日々を表現するのは、これまたゆるいニット。
たるんだおなかを温かく包みこむ抜群の伸縮性です。
そんな壮介ですが、失意の日々から趣味を見つけ、
図書館で出会った宮沢賢治マニアの若い女性に恋心を抱き、
スポーツジムに通いはじめて第二の人生が開けていきます。
そして、ジムで知り合ったIT企業の若き社長に顧問になってくれと誘われて入社。
このときの壮介はチョークストライプの細身のスーツを
さっそうと着こなしています。
しぼったボディラインもスマートで、舘ひろしの本領発揮シーンです。
レジメンタルタイをきりりと結び、しまった腹部にピタッとより沿う白いシャツ。
男の色気全開です。
IT企業社長役の今井翼は、細身のスーツに白いシャツ、もちろんアンタイドです。
壮介の第二の人生やいかに、定年退職とは本当に「終わった」ことなのか?
ストーリーのおもしろさに定評のある内館牧子・原作で、
映画「リング」の田中英雄監督作品なので、見て損のない映画でした。
いずれにしろ、異なる時代の東西のサラリーマンを見ながら、
スーツやドレスシャツは男のエレガントな戦闘服なのだと今更ながら実感。
戦いに重要な魔法のアイテムならぬ、魔法のシャツを選んでくださいね。
写真は、”How To Be An Alien”の表紙(top)と、
下は、「日曜日に一番ボロい服を着るリッチな英国人」の図です。