荒海を粋に乗りきるコート

木々もすっかり葉が落ちて、1年で一番寒い時季になりました。
こうなるとおしゃれのしがいもあるというものです。
冬の必須アイテムといえば、まずはコート。
暖かくてなおかつ軽いものが理想ですが、
そんな条件を満たしてくれるのはひと昔前までカシミアしかありませんでした。
100%に近くなるほど保温力は増し、ほかの素材を混ぜないでいいので軽くなる、
その代わりお値段は重量級。
そんなスーパー艶のいいカシミアコートを着ている人や、
毛皮のコートを着ている人を最近見かけなくなりました。
その代わりに200gを切る超軽量のダウンコートや、
中綿に保温効果抜群の化学繊維を使ったコートなど、
機能的なアイテムがたくさん登場しています。
寒い寒い木枯らしの日でも、軽くて暖かい上にお求めやすいコートが、
しっかり身を守ってくれるのですから、
便利な世の中になったものです。

とはいえ、最近、ふと気づけば、
街はピーコートに侵略されているような気がします。
メンズでいえば、モード系からお兄系までの男子が着用し、
レディスでいえばハイファッションを好むリッチOLから、
うずたかく頭を盛ったお姉さん系までの御用達。
合わせるアイテムを選ばない、オールマイティな点が人気の秘訣でしょうか?
とはいえ、ピーコートに花柄のスカートを合わせるなんていうのは、
20年前ならかなり上級のおしゃれテクがある人しか考えないスタイリング。
そんなミスマッチなコーディネートが普通になった昨今だからこそ、
ここまでピーコート人気が高まっているといえましょう。
中高の制服にも取り入れられるほどストイックで、
しかも老若男女イケる。もはや最強のおしゃれアイテムです。

ピーコートというと思い出すのがスティーブ・マックイーン。
映画「砲艦サンパブロ」で彼が着ていたそうなのですが、
私はその映画を観ていないのです。
それなのに、ピーコートを着たマックイーンが脳裏に焼き付いているのですから、
60年代や70年代の日本で、彼のピーコート姿が、
どれだけ大々的に報じられていたかわかります。
「『冒険者たち』のジョアンナ・シムカスのピーコートもよかった!」
と熱く語っていた人もいました。
「冒険者たち」は60年代後期のフランス映画です。
「映画の冒頭で、ピーコートにタートルネック、
カーキのパンツを履いたレティシア(シムカス)が、
二枚羽根の飛行機に乗るんだよ。めちゃくちゃカッコよかった!」とのこと。
ちなみにジョアンナ・シムカスは前衛芸術家の役で、
普段は男っぽい作業着風なのに、
ハレの舞台ではパコ・ラバンヌの、
60’sなミニドレスに身を包んで登場します。
そのギャップと、どっちも魅力的だったことが強く印象に残っています。

もともと英仏の漁師の防寒服だったピーコートは、
19世紀には英海軍の下士官用の軍服に採用されたほど、
質実剛健で機能性が売りのアウターです。
ちなみに「ピー」はオランダ語でラシャを意味する「pij」が語源なのだそうです。
強風にさらされる甲板での作業に備え、
どの風向きでも風を防げるように、
合わせが左右どちらでもできるようになっているのだとか。
襟が大きいのは、風が強い甲板で襟を立てることで、上官の声を聞こえやすくするため。
そして縦に切れ目の付いたマフ型のポケットも、
手をすっぽり入れて、冬の強い風から守るため。
という機能的なコートで、しかも無駄を省いたマニッシュなデザインがオシャレです。
難点は、本物に近いほど、
ラシャなどのしっかりした素材を使っているので重いこと。
着ている時はまだいいけれど、
インドアで手に持ったまま移動する時など、着てきたことを後悔します。
時たま、フリースみたいな軽い生地でできたピーコートを見かけますが、
ビニールでできたドクター・マーチンみたいなもので、
できれば本物が欲しい。
定番はネイビーブルーですが、赤やグレー、ベージュなんかもあり、
レディスではオフホワイトも人気。
中にはチェックや、珍しい所では、ワインなんかもあります。
ボタンは紺や黒のほか、金色の派手なタイプも。

ピーコートの強みは、スーツにもカジュアルにも合わせられる点です。
カジュアルでのコーディネートの定番は、ニット帽にシャツにセーター、ジーンズ。
チノパンやカーゴパンツなども似合います。
シャツはロンドンストライプか、濃いサックスの無地なんかが似合いそう。
太い編みのニットのマフラーをぐるぐると巻いて。
靴はデザートブーツやワークブーツあたりがオーソドックスなチョイス。
スーツに合わせるにしても、
コンサバでもエッジィでも、ゆったり系でもタイトでも、
無地でもストライプでも、スーツの傾向を問わないキャパの広さが魅力です。

そんな最強・万能の人気アイテムだけに、
小物類で個性を出して行きたいですね。
カジュアルなら帽子やマフラーで、ほかと差を付けてみては。
スーツの場合は、あえてタイトなスーツやモード系の靴を合わせて、
その軟派なシルエットを軍服の硬さで引き締めるのも手。
スーツのままアフターファイブに出かけるなら、
ポール・スミスのマルチストライプのマフラーとかで冒険してみてもいいですね。

色々なおしゃれを受けいれてくれる上に、元はヨーロッパの海の男の服。
荒天で働く男を、木枯らしや雪の夜の寒さから守ってくれるスーパーアイテムです。

*写真は、ピーコート2連。