イタリアの陰謀

私が住む東京の小さな町には、駅周辺だけで3軒もイタリアンレストランがあります。
まっとうな日本蕎麦屋も日本料理屋もないくせに、
イタリアンレストランだけは複数あるというこの不思議。
気がついたら日本の胃袋がオリーブオイルとガーリック風味に侵略されていたのです。
なぜ日本でこれほどまでに、イタリア料理が一般化したのか?
イタリアの陰謀でないとすると、調理法が比較的素朴でシンプルという理由が考えられます。
イタリアは南北に長い国で、クールな北とホットな南では、
人の気性もオリーブオイルの味も、それぞれの郷土料理も違います。
酪農が盛んな北イタリアでは、美食の都といわれるピエモンテはじめ、
フランス料理のようにバターやクリームを使います。
(もともとフランス料理はイタリア北部の宮廷料理がオリジナルで、
フランス王家に嫁いだイタリア王女の料理人が伝えたものだとか)。
日本で知られるオリーブオイルやトマトを使ったものは、
ナポリやシチリアなど南部の料理の特徴です。
海に面した南部の料理はタコやイカなど魚介類も登場するし、
シチリアではマグロの目玉を使った名物料理もあります。
潮の香りとスピーディかつシンプル。
このあたりが日本人の味覚に合いやすかったのでしょうか?
さらに日本のイタリアンレストランというと、
グランメゾン風の豪華なものから、ごく普通の民家をちょっと改装したものまで、
バリエーション豊富というか、場所を選ばない。
気軽なスタンスでオープンできるカジュアルさ、自由さも、
一般化の要因のひとつかも知れません。

そんなイタリアンレストランを、シェフのタイプ別に分けてみました。
さらに私の独断と偏見で、タイプ別のおすすめを選んでみます。

【Type-1 イタリアで修行したシェフの店】

現地の一流レストランで1年から数年修行し、調理法およびその国の食文化を取得して、
日本に持ち帰っている。
特定の地域の料理というより、各地の郷土料理をカバーしているシェフが多い。
メニュー構成やレシピは、無理のない形でオリジナルを踏襲。
都心の一等地や郊外の住宅街でこじんまりした、気配りの行き届いた店を開き、
マダムと夫唱婦随で運営している場合が多い。
ちなみにあるシェフいわく、イタリアやフランスの三ッ星やめぼしいレストランで、
日本人の働いていない店を探すのは難しい、とのこと。
日本人はビザの関係からか、ヨーロッパ人より賃金が安い、その上、マジメでよく働く。
だからオーナーはみんな、日本人を雇いたがるんだとか。

Type-1でおすすめは「オステリア・ナカムラ」

イタリアンレストランの激戦区、六本木にあって、根強い人気を誇る店。
オステリアというのはイタリア語で「居酒屋」の意味。
オーナーシェフの中村直行さんがイタリア各地で修行していた時に
「オステリアの雰囲気が好きで、日本に帰ったらこんな店をやりたいと思った」とのこと。
ビルの2階にありながら、太い木の梁や格子窓があるせいか、店内は一軒家の雰囲気。
温厚な感じのシェフと気取りのないマダムが醸し出す空気は自然体で、
なおかつ暖かくて、すごく心地のいいお店です。
料理はスピーディでシンプル、パワフル、味もストレートにおいしい!
北を中心とした各地のメニューが楽しめます。
豚のグリル焼きの旨みは、豚肉好きでイタリアン好きだったら、
もうたまらん!という至福の味わい。
おいしいものを食べるという、直球にして究極の欲望を満足させてくれます。
カウンターから丸見えのオープンキッチンなので、料理ショーが観覧できるのもまた楽し。
それだけに、シェフとスタッフの和やかなやりとりが何より。
どんなにおいしい店でも、神経質でビリビリしてるシェフの店は空気がマズイです。
気を使ってしまってとても料理を味わうどころではありません。
というわけで、快適な空間でストレートなイタリアンを楽しみたい方におすすめ!

http://www.osteria-nakamura.com/

【Type-2 日本で修行したシェフの店】

日本の一流イタリアンレストランで修行し、スーシェフやシェフを経験した人が、
満を持して自分の店を持つパターン。日本人の味覚に適したイタリアンを創る人が多い。
そういえば今をときめく人気シェフ、タツヤ・カワゴエもイタリア修行未体験とか。
ある老舗リストランテのオーナーシェフが
「最近はイタリアに行ったことないってシェフがいるから驚きだよ」とおっしゃっていましたが、
それは日本に行ったことのない鮨職人による鮨バーin ニューヨークのようなものでしょうか。
ある意味、イタリア料理がそれだけ日本に浸透してきて、
和の風味に溶け合った新しいイタリアンテイストが育っているのかも知れません。
洋食が日本独自の料理になったように。

Type-2でおすすめは「イル・ギオットーネ 丸の内」

京野菜を使うなど地産地消のイタリアンで名を馳せた、京都の人気レストランの東京店。
京都東山店は古民家を改装した和モダンの渋い店構えですが、
こちらは東京駅からすぐの33階建ビル1階路面店というバリバリ仕立て。
丸の内OL層をターゲットにした(のか?)店内は、リッチ風味のニューヨークスタイル。
オーナーシェフは関西のイタリアン数店で修行し、関西一流店のシェフを経て独立。
料理は日本人の舌にぴったりの味わいで、
細かい所にひと手間かけたメニューが多く、このあたりも日本的。
野菜や魚介など地産の食材にこだわっている高エコポイントなレストランです。
料金設定もリーズナブルで、節電に合わせて短時間で楽しめる特別コースを設定するなど、
関西的な合理性やアイデアが成長の秘訣かも。
最近ショッピングも充実の丸の内で、ヘルシーランチを楽しみたい方におすすめ。

http://www.ilghiottone.com/home.html

【Type-3 シェフがイタリア人】

つまり、本物です。とはいえ、本国の中華料理より香港や東京のほうが日本人の舌に合うとは、よくいわれること。老舗、麻布のアントニオも以前そうでしたが、パスタがアルデンテじゃなかったり、ある意味、盲目的なイタリアン神話の縛りを解いてくれたりもします。

Type-3でおすすめは「リストランテ ピオラ」

近年、ある種のイタリアンとフレンチのレストランは、
両者の境がどんどん希薄になっています。
モダンなインテリア、素材がわかるシンプルな料理、アーティスティックな盛り付け。
シェフのスペシャリテ(得意料理)のひと皿だけでは、
それがイタリアンかフレンチか、東京の店かNYなのか、
あるいは麻布か小樽なのかも見分けがつかないという現象。
それが悪いわけではないし、グローバルでユニバーサルな世の中では無理もなく、
ファッションだって世界中の先進国で同じモノが流通しているワケですし。
でも、均一化は寂しいものです。

ところが、個性的でおしゃれな飲食店が多く集まる白金高輪にある、
この店だけは断固、土着的!!
オーナーシェフ、ヴァルテル・ダルコルさんが自ら手がけるインテリアは、
絵と絵皿がひしめきあう壁面やら、ヨーロッパ臭がむんむんしています。
店内フロアの真ん中にクロス掛けの小さい丸テーブルを置き、その上に花を飾ってある。
このあたりが、日本人にはあまりない空間処理感覚。
ヨーロッパのおばあちゃんの部屋に招かれたような、
地域に根ざした人の呼吸や思考が感じられます。カッシーニって何?な世界です。
日本でいえば、昔ながらの内装の蕎麦屋といいますか。
料理の味はトレンドのトーキョー・イタリアンと一線を画す、
ネイティブ・イタリアンな味わい。 
盛り付けもフレンチとのボーダーレスなものではなく、
イタリアの大地を背負ってそうな、郷土色豊かでパワフルで素朴なスタイル。
ちなみにメニューはイタリア全土の料理なのだそうです。
北イタリアのどこかの街角にありそうな、リアルな存在感を持つ店で、
日本人マダムもフェリーニ映画に出て来そうな雰囲気。
リトルイタリーを体験したい方には、ぜったいおすすめです。

地下鉄・白金高輪駅から徒歩7分
Tel.03-3442-5244
11:30〜14:00(LO)、18:00〜22:30(LO) 不定休

写真は、イタリア臭むんむんのピオラの店内と料理「ブカティーニとスペックハム、トレヴィーゾ産ラディッキョのトマトソース」。ブカティーニはパスタ、スペックは生ハム。ともに北イタリアの特産。ピンクの花びらのようなものがラディッキョ。シェフの出身地、北イタリア、トレヴィーゾの特産で、しゃっきりした歯ごたえとほろ苦さが特徴。