東京駅近辺での取材の帰り、ちょうどいいので前から行きたかった
「PARIS オートクチュール ー 世界にひとつだけの服」展を観てきました。
会場の三菱一号館美術館は旧三菱銀行のレンガ作りの建物を復元した、
クラシカルなビルの中にあります。
入り口は緑が茂った中庭に面していて、そこはカフェもある優雅なスペース。
数年前に行ったときよりだいぶ樹木が成長していて、
ますますロンドンの一角というたたずまいになっていました。
展覧会の公式HPに掲載された「見どころ」によれば、
「19世紀後半のパリで誕生したオートクチュール(Haute=「高い」「高級」
・Couture=「縫製」「仕立て」の意)は、パリ・クチュール組合の承認する
数少ないブランドにより、顧客の注文に合わせてデザイナー主導で仕立てる
高級服として知られています。
〜中略〜
本展はオートクチュールの始まりから現代に至る歴史を概観するもので、
〜中略〜
時代を映し出す美しいシルエットの数々、刺繍・羽根細工・コサージュなど
脈々と受け継がれる世界最高峰の職人技を、
ドレス、小物、デザイン画、写真など合わせて
およそ130点によりご紹介します」とのこと。
オートクチュールの誕生は意外に新しく19世紀後半。
元祖は英国出身のデザイナー、ウォルト(1825-1895)。
彼が、年2回のコレクション発表や、
服にデザイナーの名入りタグを縫い付けるなど、
オートクチュールの基礎を作ったと言われます。
ウォルトの時代は王侯貴族や富裕層のマダムたちが顧客。
その彼の1898年頃の華麗なイブニング・ケープを皮切りに、
知っている名前だけでもポール・ポワレやシャネル、スキャパレリ、
イヴ・サンローラン、バレンシアガ、ピエール・カルダン、
クリスチャン・ディオール、ジヴァンシィ、クレージュ、パコ・ラバンヌ、
ジャン=ポール・ゴルチエ、クリスチャン・ラクロワ、ウンガロ、アライア
などのデザイナーの豪華絢爛なドレスが続き、
2014年のラフ・シモンズのドレスで閉じてあります。
夜会用のドレスに混じって「室内着」や「イブニングコート」というのも
多数展示されているのですが、
どれもみな億万長者のマダムたちのために、
これでもかと贅を凝らしたものばかりで、
デザインうんぬんというより、素材にどれだけ手間暇かけているかという
素材合戦の様相を呈しています。
(デザインに関してはシャネル、バレンシアガ、スキャパレリなんかが、
さりげなくもドレスそのものが息をしているようなデザインで、
さすがにすごい人たちなんだと)
ドレス全面のビーズ刺しゅうや、シルクで象ったモチーフを
アップリケ状に縫い止めてあるもの、
布地を幾重にも寄せてドレープを形作ったものや、
ラインストーン、羽根などを全面に縫い止めてあるもの。
手練手管のオンパレード、職人さんたちの腕の見せどころ満載なのです。
世界にひとつだけの服を作るために、
デザイナーと職人とマダムたちの財力とが三つ巴になって、
これでもかとパワーを競い合う、モードの戦いなのだと思いました。
表面的には美しくてゴージャスでエレガントでありながら、
三者の情熱や意地が火花を散らして、
その炎がビーズや羽根飾りを深く力強く輝かせているような。
だからこそ、こうして戦火やらなんやらを生き延びて、
100年後のアジアの小都市で艶やかな姿を披露できているのだ、
それだけの魂がそこにあると、しみじみ思わされました。
装うことの執念ともいうべきその精神。
それが形になったものを次々に目撃しながら、
今さらながら迫力ある装いのカッコよさに心打たれ。
いつからか人類は生きることの意味や形を、
装うことで表してきたはず。
鎧や甲が美しいのはそのせいだと思うし、
今だって私たちは勝負服と言って、
いざというときには自分を一番美しく魅力的に、
一番強く理知的に見せてくれる服を選ぶではないか。
はっきり言葉にして意識しないまでも、人はそんな時、
多かれ少なかれ装うことに全神経を注ぐはず。
そしてそんな時に選ばれるのは、オートクチュールとは言わないまでも、
できる限り仕立てや作りのいい高級服ではなかったか?
そんな風習に静かに風穴を開けたのが、
アップルの元CEO、スティーブ・ジョブスでした。
彼は自社の新製品発表会という重要かつ社運を賭けたハレの場に、
いつも黒いタートルネックにジーンズで挑みました。
それが斬新だったから、以来、IT系や家電会社の発表会では、
Tシャツにジーンズ、あるいはクールビズのシーズンでもないのに、
ノーネクタイのスーツ姿で挑むトップが現れました。
なんか、スタイリストとか回りから
「社長、今はこうなんですよお!」と言われてやってる感満載で、
あんまりカッコよくないなあと思います。
スティーブ・ジョブスのは、あれが勝負服だから。
あの人のポリシーの根底にあるのは禅らしいですから。
まったく同じ黒いタートルやTシャツを何枚も持っているらしいし。
ストイックな人がそれを表しているからこそ、
黒タートル&ジーンズがカッコいいわけで。
装うことは自分の生き方の表明。
ドレスアップにしろダウンにしろ、
「私はこんなやつです」というのが自覚の元に表わている人は
カッコいいなあと思います。
そんなこんなで、服作りや着ることに命を賭けていた時代や仕事ぶりを
見ながら「古き佳き時代」という言葉が思い浮かびました。
とはいえ、シャネル・スーツで300万程度と言われ、
贅をこらしたドレスなら天井知らずなオートクチュール。
欧米の大統領夫人や皇太子妃でさえプレタポルテ程度のドレスに身を包む昨今、富裕層の顧客が年々減っているらしく、業界はただいま衰退中。
コレクションごとに注文する顧客は一説によると全世界で約500人程度とのこと。
クリスチャン・ラクロワのような天才デザイナーのメゾンでさえ、
オートクチュール部門は休業中です。
ラクロワはじめ、現存のデザイナーはプレタポルテや香水、
ライセンス契約などが主な収入源と言われています。
そのプレタポルテでさえ、今はファストファッションに押されて苦しい。
激安アパレルショップを見ると、服たちがみんな乱雑に吊り下げられ、
買われる前からみすぼらしさが漂っていて、
燃えるゴミ行きの一時保管倉庫という感じがします。
100年経っても生き残っていそうな魂は感じられない。
やっぱり、ていねいに作られた服を着て暮らしていたいものです。
とにかく、ひさしぶりに服のチカラを見せてもらった展覧会でした。
とはいえ、展覧されたドレスを眺めながら、
室内着でさえ「コレで部屋にいるの?家でも疲れそう」という感想や、
イブニングコートにいたっては背後や幅のボリュームがすごくて、
こんばんわ、と来られても拙宅ではまず玄関から入れそうもなく、
いきなりマダムを門前払いしてしまいそう。
と、内心下世話なツッコミをしながら見るのも楽しい。
GW中はいつもより少し混むかもですが、
丸の内近辺におでかけの方にはおすすめです。
*写真は、会場の入り口前、中庭を美術館上階から見たもの、
そしてミュージアムショップで購入のラクロワのノート。
ココロわしづかみでしたわ。
(横向きのものはクリックすると正しい位置に回転します)
「PARIS オートクチュール—世界に一つだけの服」
〜5/22(日)まで開催中。
10:00~18:00(祝日を除く金曜、会期最終週平日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
月曜休館(但し、祝日と5/2、16は開館)
三菱一号館美術館 当日券 1,700円
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
お問い合わせ 03-5777-8600(ハローダイヤル)
アクセス/JR・東京駅徒歩5分、有楽町駅徒歩6分
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