クールビズ・アイランド

さて、風薫る5月です。
今年は暖かくなるのが遅くて、
4月に入っても小雪がちらついたり。
連休が過ぎて、ようやく初夏の雰囲気になりました。
そして梅雨があければ、たちまち暑くなるヒートアイランド。
そんな猛暑の街でも温室効果ガス削減のため、
われら国民は2005年から室温を28℃に設定することが求められています。
そこで政府から提案されたのが「クールビズ」でした。
28℃の室内でも涼しく仕事をするためのノウハウ。
とくれば、脳裏に浮かぶのは70年代後半に生まれた、あの省エネルックです。
羽田孜大臣着用の半袖ジャケットという衝撃的スタイル。
誰もが脳裏に浮かべながら、今ここで再現する勇気ある政治家がいないのは残念です。
ともあれシビアな節電が叫ばれ、
例年よりひと月早い5月1日にクールビズが始動した今年。
半袖ジャケットか、ハイパーメディアな高城剛さんのようなタキシードに短パンか、
どちらにしても悩ましい選択が迫られる熱い夏はすぐそこに。

去年も猛暑でしたが、関東地方などはここ数年、
つにインドを越えたとか、すでに亜熱帯とかいわれているのですから、
英国式の「真夏にスーツ&ネクタイ」は変革の時期なのでしょう。
というわけで、最近は夏場はノーネクタイ推奨という企業が多く、
ネクタイなしのVゾーンをいかにスマートに見せるかがポイントになってきます。
サックスなどブルー系のシャツは知的かつスマートな感じで、
ノーネクタイでも颯爽と見えそうです。
またチェックやストライプの身頃に白い襟が付いたクレリックシャツや、
襟周りにアクセントがあるボタンダウンは、
シャツ&ジャケットというノーネクタイの着こなしに威力を発揮してくれます。
そして素材は通気性のいいロイヤルオックスフォードなどがおすすめ。
涼しげかつスマートなシャツで、クールビズを乗り切ってください。

暑い時期のシャツの着こなしというと、
数年前の「Pen」というメンズ雑誌での「春・夏ファッション特集」を思い出します。
これは特集の全ページをブラジルのリオ・デ・ジャネイロで撮影したもの。
日本から持って行った衣装を、現地の男性に着てもらって撮影しました。
(ちなみに現地での撮影は友人がアレンジし、
私は日本で資料を受け取り、総勢32名の登場人物、1人1人の紹介文を書きました)。
モデルはプロのモデルに加えて現地で探した一般人。
エルメスの40万円のシャツをストリートミュージシャンが、
ドルチェ&ガッバーナの7万円の花柄シャツを警備員のおじさんが、
グッチの10万円のグラフィカルなテキスタイルのシャツを若い軍人が、
という具合にそれぞれ見事に着こなしています。
リオ生まれで「カリオカ」と呼ばれる男達は、とにかく全員、絵になります。
浅黒い肌と彫りの深い顔立ち。
絵にならないワケはないのですが、
造作よりその奥にあるソウルが顔に出ていて、
どんな服も自分の方に引き寄せてしまう我の強さがあります。
電気工のおじさんが「ジャン・フランコ・フェレ」の高級スーツを、
すっかり「いつも着てる一張羅」という雰囲気で着こなし、
ポーカーに興じていたりします。
スタジオではなく、市街地や公共の建物内での撮影という、
自然さも手伝っていたでしょうが、
「服は人生」とでもいうべき、とても見応えのある特集でした。
そんなクールな男達の中で一番記憶に残っているのが、
特集のトリをつとめた石職人のおじさんでした。
22歳の時に、電車もバスもない北部の町からリオに出て来て、
仕事を探し石職人になったのだそうです。
石畳の道路に石を敷くのがおじさんの仕事です。
「テレビは持ってないから、世の中のことは全部ラジオで知る」というパウロおじさん。
白いラコステのポロシャツを着てハンチングをかぶって、
イパネマ海岸を見下ろす舗道に立つおじさんの姿に私は見惚れました。
なんの変哲もない格好なのですが、おじさんの人生が現れています。
贅肉のない細い体は「子供の頃からよく歩いた」というヘルシーな生活習慣ゆえか、
テレビもないという経済状況がもたらす粗食ゆえか、
白いポロシャツの半袖から伸びる腕の細さや体つきがなんとも涼しげです。
22の時から50年間、道路に石を敷くことで生きて来たおじさんの人生は、
熱いブラジルの大地で、そこだけクールな空気感を醸し出しています。
「すっきり背筋を伸ばした立ち姿が、ストイックな人生をもの語る。
シンプルなポロシャツが、無言のドラマを映す瞬間だ」
その時書いたおじさんの紹介文です。

そういえば、リオの男達のオフィシャルシューズは「ハワイアナス」。
そう、ブラジル生まれのビーチサンダルです。
海パンや短パンにはもちろん、スーツにもビーチサンダルを履いたりするのだそうです。
これは理にかなったクールビズなのでしょう。
ハワイアナスのビーチサンダルは、
日本人の移民によってブラジルに持ち込まれた草履が原型になっているのだとか。
そして今や関東で最高に暑い日は、
リオ・デ・ジャネイロで最高に暑い日より確実に9℃暑い!
スーツにビーサンという寅さんみたいなサラリーマンが、
東京砂漠に出没する日も遠くない?
理にかなったクールビズかも知れません。