梅雨の時季独特の蒸し暑い日々が続いています。
空気もジメっ、モアっとしていて、ちょっと動くと汗がじわあ。
こんな季節はおしゃれも大変。
とはいえ、どんな季節であろうと、大変なら大変なほど、
楽しさもひとしお、というのがおしゃれというクセモノの魔力。
一度これに搦め捕られたら、抜け出すのは容易なことではありません。
なんか、ある日突然、憑き物が落ちたように、
デコレーションケーキが食パンになることもあるやも知れません。
でも、そこは一筋縄では行かない食パンなのだと思う。
やれバターはこれで、小麦はこれで、天然酵母で長時間熟成で、とか。
一度デコレーションケーキになった者は、
そう簡単にただの食パンにはなれない、そんな気がします。
なぜなら、服をあれこれ考えることは、
料理をあれこれ考えるのと同じくらい、
日々の暮らしに喜びや弾みをもたらしてくれるものだから。
そんな「着る喜び」がマックスになっているのが、
アフリカ、コンゴ共和国の洒落者集団、サプールの人たち。
サプールとはサップ(SAPE)を楽しむ人たちの意味で、
そのSAPEとはフランス語の”Société des ambianceurs et des personnes élégantes”
(日本語で「おしゃれで優雅な紳士協会」)の頭文字をとったもの。
かつてコンゴがフランス領だった頃、1920年代にパリ帰りの若者たちが
フレンチ仕立てのスーツに身を包んで帰国し、
人々の憧れの的になったのだそうです。
そこから、サップというファッションスタイルが生まれたとか。
’60年代以降、一度すたれていたものの、
70年代中期にリバイバルし、またしても今、
コンゴでは週末になると高級ブランドや、
仕立てのいいビスポークスーツに身を包んだ、
洒落男たちが街の通りを練り歩くのだとか。
何をするでもなく、ただオシャレをしてステップを踏みながら踊り歩く。
それを見て人々は「カッコいい!」と憧れて賛美して、
サプールたちはおのずと有名人と化していきます。
つまりちょっとしたスターやアイドルのような存在なのですね。
彼らが身を包むスーツは、月給の3倍も4倍もするのだそうです。
決してお金持ちではない彼らは、ウィークデイに汗水たらして働き、
三ヶ月分の給料を注ぎ込んでスーツを買い、
週末には着飾って街を踊り歩く。
それを眺めて賞賛する街の人々も、
多くの場合決して裕福ではないので、
(一説には一日200円未満で暮らしている人がほとんどという話も)
サプールを見て励まされているのだとか。
つまり、ピカピカのブランドスーツという衣裳に
身を包んで歌って踊るアイドルのショーか、
あるいはきらびやかな人間お神輿か。
どちらにしても、サプール自身にとっても、
それがエネルギーチャージになるのだろうし、
周りも元気をもらう。
平和でいいなあと思います、いや、嫌味でなく、マジです。
しかも、このサプールは、戦わないというのが信条のひとつ。
戦うのは野蛮なこと。エレガントな男は、戦わず優雅なおしゃれを楽しむ。
優雅な外見を整えることで、優雅な中身が形成されていく。
ファッションは生き方そのものと思うのですが、
まさにそれを実践しているのがサプールの人たちだと思います。
私も社会人になりたてで原宿のアパレルメーカーにいた若い頃、
月給2ヶ月分のブーツを買ったことがあります。
新卒社員の月給が今、手取りで16〜17万として、
そんな小娘が30万くらいのブーツを買ったと思ってください。
なんという大馬鹿者と、今の私なら思うかも知れません。笑
しかも2〜3足揃えましたね、あの頃。
イタリーのタニノ・クリスチーと
オットリーノ・ボッシというブランドのものでした。
服は、自社や別ブランドのものが社割で買えるので、
もっぱら靴に注ぎ込んでいました。靴マニアなので。
先日、実家の物置を片付けていたら、
出てきたのです、その月給2ヶ月分のブーツが2本。
数十年を経て、革は硬くなっていましたが、
美しいラインは昔のまま。
懐かしさで胸がいっぱいになりました。
こういう馬鹿の果てに、何をつかんだのかいまだ不明ですが、
後悔はしていないのです。
そんなドタバタも含めてファッションは生き方なのでしょうから。
遠いコンゴのサプールの人々に思いを馳せ、
ものすごく共感しています。
日本でも四畳半のボロアパートの一室でカップ麺すすりつつ、
ブランド服のコレクションが満杯になっているワカモノとかいますよね。
ものすごくエールを送りたいです。
ファッションも命懸けのほうがおもしろい。
*画像は、サプールの写真集「サプール ザ ジェントルメン オブ バコンゴ」。
イタリア人カメラマンが現地で撮ったもの。
高温多湿の地で三つ揃いのスーツを着込む洒落者たちの粋な姿が堪能できます。
(彼らのいる地域は年間を通じて、最高気温31℃、最低気温18℃くらい)
舗装されていない砂利道や干した洗濯物背景の裏庭など、
ダンディーなサプールと環境のギャップも見もの。
彼らを憧憬と驚き、とまどいの眼差しで見つめる子どもたちも、
画面後方や周囲にひんぱんに登場して、それも楽しい。
それにしても、濃淡のオレンジを使い分けたコーディネートや、
ブラウンのスーツにレモンイエローのネクタイ、
サックスのシャツにサーモンピンクのタイと同色のポケットチーフを、
花のように挿していたりなど、
太陽の強い日差しにも負けないその色彩感覚にうっとり。
ぜひ、この夏のコーディネートの参考に。
ちなみにポール・スミスが推薦の文章を書いています。
“SAPEURS THE GENTLEMEN OF BACONGO” 著者 ダニエーレ・タマーニ
青幻舎 ¥2,300(+税)